自分、解体深書。(仮

という(仮なEi's diary。

自分独りの考えなんてちっぽけだぁ・・・

片桐仁と行く『アーティスト・ファイル2013』展

自分と全く接点の無いような人の観点とか見てから、実際に観に行くとこんなにも面白く見れるもんなのかと思って驚きましたわ。

1人で見てると、大体見方がいつの間にか決まった見方になってしまってるし、見る前にある程度決め付けちまってる部分が多大にある気がする。そういう意味で自由じゃないし、自分で見てても全然面白くないのよな、仕舞いには何で俺こんなの観てるの?的に考えがオワッテル。。。

 

 まぁ、こんなん見てから、観に行くと見てるもん見てるもん皆面白く見えてくるから困る。とても遊び心ある落書きに見えてくるし、子供が遊ぶ自然の中のアスレチックだったりうんていだったりに見えてくるわ、仕舞いには学芸員(?)さんまで展示物のいつ部に見えてくる始末…w

個々の作品を見てみても様々なものを感じられた。ライティング、人類の営み、蓄積、油のにおい、眼差しの強さ、汚されて無い無垢さ、記憶をねじ込まれているような感覚、生命の枝分かれの様な歴史の中を自分でも歩んでいるような感覚、マニ車、写真のぎらつき、物質感、迷路に迷い込むような展示、見えないから見ようとする深遠、グロイ画像の荒さ、フラッシュ。。。